物質工学:クレイグ・グライムス(Craig Grimes)(米)


ワンポイント:研究申請書のねつ造で政府研究費の重複受領と私的使用で投獄

【概略】
Craig_Grimesクレイグ・グライムス(Craig A. Grimes、写真出典)は、米国・ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)・物質工学科・教授で、専門は物質工学(電気工学)だった。

250報以上の論文を出版し、10冊以上の本の章を執筆し、数十の特許を持っていた。学術誌「Sensor Letters」の編集長であり、数冊の著書を出版している優秀な研究者だった。

彼の発明品のうちの3つを商業化した4つの会社の創立者または共同設立者でもある。

2010年(53歳)、政府研究費300万ドル(約3億円)の重複受領が発覚し、同年、大学を辞職した。

2012年1月31日(55歳)、約10万ドル(約1,000万円)の私的使用もあり、裁判で有罪が宣告された。
2012年11月(55歳)、裁判所は41か月(3年5か月)の刑務所刑を宣告した。

なお、この事件は2012年2月記載の「大学の10大研究不正」ランキングの第10位である(The 10 Greatest Cases of Fraud in University Research – OnlineUniversities.com)。 → 研究者の事件ランキング

millennium%20science%20garden(centre%20daily%20times)_New米国・ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)・物質工学科(Material Science and Engineering)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:テキサス大学オースティン校
  • 男女:男性
  • 生年月日:1957年頃生まれた。仮に、1957年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:60 (+1)歳
  • 分野:物質工学
  • 最初の不正:2006年(49歳)
  • 発覚年:2010年(53歳)
  • 発覚時地位:ペンシルベニア州立大学・教授
  • 発覚:助成機関の監察官(inspector-general)
  • 調査:①ペンシルベニア州立大学・調査委員会。②裁判所
  • 不正:重複助成、研究費の私的使用
  • 不正助成数:3つの助成機関
  • 時期:研究キャリアの後期から
  • 結末:辞職。逮捕。投獄

【経歴と経過】

  • 生年月日:1957年頃生まれた。仮に、1957年1月1日生まれとする
  • 1984年(27歳):米国・ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)を卒業。専攻:電気工学と物理学
  • 1990年(33歳):米国・テキサス大学オースティン校(University of Texas at Austin)で研究博士号(PhD)を取得した。分野:電気情報工学
  • 1990-1994年(33-37歳):ロックヒード・パロアルト研究所(Lockheed Palo Alto Research Laboratories)・研究員
  • 1994-2001年(37-44歳):ケンタッキー大学(University of Kentucky)・教員(準教授?)
  • 2001年(44歳):ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)・教授
  • 2010年(53歳):重複助成が発覚する
  • 2010年(53歳):ペンシルベニア州立大学を辞職(解雇?)
  • 2012年1月31日(55歳):裁判で有罪
  • 2012年11月30日(55歳):裁判で41か月(3年5か月)の刑務所と裁決

【研究内容】

scientist-craig-grimesクレイグ・グライムス(Craig Grimes)の研究は、二酸化炭素(CO2)を光化学触媒で減少させる技術、水の光電気分解で水素を生産する技術、有機・無機的な異質接合の太陽電池、電磁気エネルギーの伝播とコントロール技術、環境センサーの遠隔操作技術など、とても社会に役立つ魅力的な研究テーマである。

【不正発覚の経緯と内容】

★研究費重複申請・受領の予備知識

米国では、政府系の研究助成金は、複数の省庁が独立に設けた研究助成機関に、各大学・研究機関の研究者が個別に申請し、採択されると個別に助成されるシステムである。政府系の研究助成機関を総合する仕組みは存在しない。

生命科学系の助成機関はNIHが最大で中心的だが、科学庁(NSF)も助成する。おおむね、NIHは生物医学、科学庁(NSF)はその他の生命科学となっているが、学際的研究者は複数の省庁に申請する。

工学系研究者は、科学庁(NSF) が中心だが、生命科学に絡めばNIHに、エネルギーに絡めばエネルギー省に申請する。今回は言及されていないが、軍がらみの技術開発・研究はアメリカ国防総省の研究助成(ダーパ、DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)もある。

科学庁(NSF)の元・監察官(former inspector-general)のクリスティン・ボエズ(Christine Boesz)は、「複数の助成機関に同じ研究課題の研究費申請をするのは問題ではないけれども、採択され、使用するのは違法である。このような多重助成は多くの先進国で禁止されている。多重助成がどれほど蔓延しているか関知する方法はない。審査員が同じ研究課題の研究費申請をみつけた時、事態が明るみに出る傾向がある」と述べている。

なお、日本でも各省庁に研究助成機関があり重複申請が問題となる。さらには、単一省庁内での重複申請も、かつては、チェック機構は乏しく、重複受領が問題になったケースもあった。

★グライムズの研究費重複申請・受領

images5P0YCHVCグライムズは、二酸化炭素変換の研究課題で2009年に科学庁(NSF)の研究費を受領し、さらに、後でエネルギー省の研究費・アプライーARPA-E :Advanced Research Projects Agency-Energy)からも受領した。この時、アプライー(ARPA-E)への研究費申請に、他からの研究費を受領していないと記述していた。

ペンシルベニア州立大学の広報官リサ・パワーズ(Lisa Powers)は、大学には手落ちがなかったと次のように述べた。

ペンシルベニア州立大学の事務官は、グライムズが類似した研究課題で2つの研究費を受領していることに気が付いて、問題ないのかとグライムズに問い合わせている。しかし、グライムズは、課題名は類似しているが、内容に重複はないと答えたという。

ところが、2010年の論文 (S. C. Roy et al. ACS Nano 4,1259–1278; 2010)では、科学庁(NSF)の研究費とアプライー(ARPA-E)の研究費の両方の支援で研究を行なったと記載していた。

2010年、エネルギー省の監察官(inspector-general)が研究課題の類似性に気がついて、科学庁(NSF)に連絡した。科学庁(NSF)が調査をはじめた。

下院議員のポール・ブルーン(Paul Broun、共和党、ジョージア州)は、なぜ、アプライー(ARPA-E)は重複助成に気づかなかったかと疑問を呈している。以下のような説明がされた。

科学庁(NSF)もエネルギー省も重複助成されないように、いくつかの用心をしている。主要な方法は、研究費申請書に、他の研究費の申請状況を記載させることだが、グライムズは意図的に記載しなかった(ねつ造)。

また、一般的に、助成機関は、重複申請があっても、一方が採択されたら、他方の受領を辞退することを研究申請者に期待している。グライムズは他方の受領を辞退しなかった。

重複助成されない方法としては、助成機関同士の相互チェックがあるが、実際は、ほとんどされていない。

2010年、グライムズは大学を辞職した。

★グライムズの裁判

2012年1月31日(55歳)、2006年6月30日~2011年2月1日の政府からの研究費300万ドル(約3億円)をだまし取った罪で有罪の判決を受けた。この時点で、量刑の最大は、35年の刑務所、75万ドル(約7,500万円)の罰金である(Former Penn State professor charged in $3 million federal research grant fraud | PennLive.com)。

政府研究費の内訳は、 NIHから120万ドル(約1億2千万円)、エネルギー省から190万ドル(約1億9千万円)、科学庁(NSF)からxxドル(非開示) である。

large_U_S_-District-Judge-Yvette-Kane2012年11月30日(55歳)、イベット・ケーン裁判長(U.S. District Court for the Middle District of Pennsylvania Chief Judge Yvette Kane、写真出典)が、量刑を裁決する日だった(Ex-PSU professor Craig Grimes sentenced to federal prison for research grant fraud | PennLive.com)。

裁判では、大学の同僚を含めグライムスを支援する人たちが100人以上も集まった。グライムス支援者は、ケーン裁判長に寛大な裁決を嘆願する書類を提出していた。

grimesクレイグの父親のデール・グライムス(Dale Grimes、写真右、出典)もその1人で、彼は、ペンシルベニア州立大学名誉教授だった。

政府は、そしてアメリカは、クレイグの研究からたくさんの恩恵を受けることを考慮してください。

12歳の男の孫と10歳の女の孫がいます。彼らの父親を奪わないでください。彼らは今がちょうど育つ若芽です。その若芽を踏みつぶさないでください。クレイグを投獄しないでください。

と訴えた。

クレイグ・グライムス自身も、「二酸化炭素をエネルギーに変換する私の研究で、世界を救うことができます」。「私は、世界をよりよい場所にするために、私の研究を発展させたい。この状況では、少し奇妙に聞こえるような希望だが、私はそれらの研究を完成させたい」と述べた。

米国・検察官補のジョセフ・ターズ(Joseph Terz)は、次のように指摘している。

クレイグ・グライムスは、単に研究費申請書に虚偽の記載をして重複助成を受領しただけではない。政府から助成された研究費を、私的に使用していたのである。例えば、妻と共に、繰り返し、欧州に旅行したり、彼自身の就職面接のためにテキサスに出張したり、彼が書いた教科書を53冊も購入したりしたのだ。その経費は約10万ドル(約1,000万円)に及んだのです。

被告弁護士のティナ・ミラー(Tina Miller)は、「クレイグ・グライムスは、高遠な理想に向かって研究したのだが、道徳的な方向を間違えたのです」。

結局、イベット・ケーン裁判長は、被告・クレイグ・グライムスに対し、2013年1月7日から41か月(3年5か月)の刑務所刑を宣告した。また、66万ドル(約6,600万円)をペンシルベニア州立大学を返金するよう裁決した。

グライムスは刑が重すぎると控訴したらしいが、白楽は、裁判記録の解読を途中で放り出しました(【主要情報源】④)。

【論文数と撤回論文】

2015年11月12日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、クレイグ・グライムス(Craig A. Grimes)の論文を「Craig A. Grimes [Author]」で検索した。この検索方法だと、生命科学県連の2002年以降の論文がヒットするが、2012年までの11年間の77論文がヒットした。パブメドは生命科学系論文のデータベースなので、グライムスの工学系論文は全部カバーしていないと思われる。

2015年11月12日現在、撤回論文はない。

【白楽の感想】

《1》研究費の不正

grimes_1研究費の不正事件は多数あると思う。

研究費のうち約10万ドル(約1,000万円)もグライムスが私的に使用したと糾弾されている。私的使用は、旅行とか本の購入で、よくもまあ、こんなに使いましたね。

それにしても、会計事務体制はどうなっているのだろう。一般的に、多額の研究費を私的に使用できない仕組みになっているハズだ。

研究者の事件としては、金がらみの事件は多い。本ブログでは研究ネカトを中心に扱っているが、金がらみの事件には経理書類のねつ造・改ざんがある。ただ、それは、研究内容のねつ造・改ざんではないので、研究の信頼が低下するわけではないし、発表論文を読んだ人が困る状況に陥ることはない。

なお、米国メディアの本事件の扱いでは、基本的に研究費の重複受領を問題視し、私的使用をさほど問題視していない。米国ではこれが通常なのだろうか? 日本では、全く逆である。私的使用を異常なほど悪くとらえている。

《2》もったいない

複数の省庁から研究助成を受けるということは、クレイグ・グライムスの研究課題は学際的でかつ魅力的だったのだろう。告発される前の研究活動から推察して、グライムスは研究者としてとても優秀な印象を受ける。その才能と実績を、こんな形でダメにしてしまうのは米国の社会も学術界も「もったいない」。

重複助成は助成機関の方でチェックできる体制が必要だろう。同一研究者が関与する研究課題をクロスチェックするのは、複数の省庁をまたいでも、コンピュータが発達した現在では大変な作業とは思えない。

SPT70-grimesまた、コンピュータ以前に、プログラム・ディレクターが重複助成を発見し阻止できたハズではないのか? これは期待過剰だろうか? 白楽が、NIHのプログラム・ディレクター室で過ごした時、プログラム・ディレクターは、自分の分野の論文を読み、学会に出かけ、全米のその分野の研究者とプログラムのほぼすべてを掌握していた。だから、重複助成はチェックできたと思う。

それにしても、複数の研究課題を同時平行で実施する場合、研究内容が「同じ」「類似」「重複なし」をどう判断するのだろうか? ある意味、同じ研究者の複数の研究課題は、全部、重複しているとも言えそうだ。

【主要情報源】
① 2008年6月30日の「Energy Reserch News」記事:Q&A: Penn State’s Craig Grimes – ERN
② 2012年2月7日のユージニー・ライヒ(Eugenie Samuel Reich)の「Nature」記事:Duplicate-grant case puts funders under pressure : Nature News & Comment
③ 2012年11月30日、マット・ミラー(Matt Miller)の「PennLive」記事:Ex-PSU professor Craig Grimes sentenced to federal prison for research grant fraud | PennLive.com
④ 2014年1月4日の裁判記録
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
PennState

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