アンドリュー・アプリキャン(Andrew Aprikyan)(米)


ワンポイント:2003年に発覚のデータ改ざんを大学が7年、研究公正局が3年もグズグズ調査した事件

【概略】
2011850677 アンドリュー・アプリキャン(Andrew Andranik Aprikyan、写真出典)は、アルメニア(中東の国)の大学を卒業し、1988年にソ連で研究博士号(PhD)を取得した。1993年に米国・シアトルにあるワシントン大学医科大学院(University of Washington School of Medicine)のポスドクになり、その後、助教授になった。医師ではない。専門は血液学(がん)だった。なお、アプリキャンはワシントン大学の卓球コーチも務めていた。

2003年(42歳)、同年に発表した論文にデータ改ざんがあると同僚がワシントン大学に公益通報した。

2010年(49歳)、ワシントン大学は7年もグズグズ調査し、データ改ざんがあったと結論した。

2013年4月26日(52歳)、ワシントン大学から報告を受けた研究公正局は、3年もグズグズ調査し、改ざんと判定し、2年間の締め出し処分を科した。

研究公正局が結論に至るまで、事件発覚から10年もたっていた。しかも、締め出し期間は2年と軽微な事件である。ワシントン大学はグズだったが研究公正局もグズだった。結論に至るまで10年もかけると、別の被害・副作用・問題が生じる。

CampusImage24_jpg-1シアトルにあるワシントン大学医科大学院(University of Washington School of Medicine)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:ソ連
  • 研究博士号(PhD)取得:ロシア科学アカデミー・分子生物学研究所
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1961年1月1日とする
  • 現在の年齢:56歳?
  • 分野:血液学
  • 最初の不正論文発表:2003年(42歳?)
  • 発覚年:2003年(42歳?)
  • 発覚時地位:ワシントン大学・助教授
  • 発覚:内部公益通報
  • 調査:①ワシントン大学・調査委員会。~2010年。②研究公正局。~2013年4月26日。③裁判所
  • 不正:改ざん
  • 不正論文数:3報。1報撤回、1報訂正
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 結末:解雇

【経歴と経過】
出典:Andranik Aprikyan | LinkedIn保存版

  • 生年月日:不明。仮に1961年1月1日とする
  • 1979年 – 1983年(18 – 22歳?):アルメニアのエレバン州立大学(Yerevan State University)を卒業。生物物理学専攻
  • 1983年 – 1984年(22 – 23歳?):ソ連のモスクワ大学(Lomonosov Moscow State University)で修士号取得。タンパク質化学
  • 1984年 – 1988年(23 – 27歳?):ソ連のロシア科学アカデミー・分子生物学研究所(Intsitute of Molecular Biology, Academy of Sciences, Moscow)で研究博士号(PhD)取得。分子生物学
  • 1993年6月 – 1998年(32 – 37歳?):米国・ワシントン大学医科大学院(University of Washington School of Medicine)・ポスドク。デイヴィット・デール(David C. Dale)教授・研究室
  • 1993年 – 2010年(32 – 49歳?):同・研究助教授(Research Assistant Professor)
  • 2003年(42歳?):不正が発覚する
  • 2010年(49歳?):ワシントン大学は、データ改ざんがあったと結論し、解雇した
  • 2011年 – 2016年4月2日現在(50 – 55歳?):ステムジェニックス社(Stemgenics, Inc)設立。副社長。
  • 2013年4月26日(52歳?):研究公正局はデータ改ざんがあったと発表した

【不正の内容】

2013年4月26日の研究公正局の報告書によると、不正は以下の3論文と3研究費申請書である。しかし、「R01」が3件も採択されたということは、2003年当時のアプリキャンは華々しかったと言える。

 • Blood pre-published online on January 16, 2003
• Experimental Hematology 31:372-381, 2003
• Blood 97:147-153, 2001
• R01 CA89135-01A1
• R01 HL73063-01
• R01 HL79615-01

★「2003年のBlood」論文

元論文が、ネット上から削除されているので具体的な図表を示せないが、文章で示すと以下のようだ。

重症先天性好中球減少症(SCN)には好中球のエラスターゼ(NE)遺伝子変異が関係しているという仮説に合うように、塩基配列を改ざんして報告した。

図4A、6A、7、8では変異したエラスターゼ(NE)遺伝子をトランスフェクとすると、前骨髄球細胞(HL-60)のアポトーシスが2倍になると、データを改ざんして報告した。フローサイトメトリー測定ファイル集から仮説にあう測定値を適当にピックアップし論文に使用した。

図4Bのウェスタンブロット像は、「2002年4月のBlood」論文として投稿した論文の図5Bであり、「2003年のExperimental Hematology」論文の図6Bである。自分の仮説を支持しようと、同じ図をラベルを変えて使用している。

他の指摘もあるが省略。

【不正発覚の経緯】

F1_small1993年6月(32歳?)、アプリキャンは米国・ワシントン大学医科大学院(University of Washington School of Medicine)のデイヴィット・デール教授(David C. Dale、写真出典)のポスドクになっている。その後、その研究室で助教授になっているが、アプリキャンの論文のほとんどは、デール教授が共著者になっている。

2001年(40歳?)、アプリキャンはNIH・国立癌研究所から「重症先天性好中球減少症の分子生物学(molecular biology of severe congenital neutropenia (SCN))」の研究に5年間で110万ドル(約1億1千万円)の研究助成金を受領した。

2003年(42歳?)、アプリキャンは、上記の研究プロジェクトの成果として2つの論文を発表した。①「2003年のBlood」論文と②「2003年のExperimental Hematology」論文である。

「2003年のBlood」論文では、重症先天性好中球減少症(SCN)には好中球のエラスターゼ(NE)遺伝子変異が関係していると発表した。一方、「2003年のExperimental Hematology」論文で、エラスターゼ(NE)遺伝子変異が異常な「骨髄の骨髄性祖先細胞」を生産し、それが、重症先天性好中球減少症(SCN)に発展すると発表した。

しかし、アプリキャンの研究チームの1人が「2003年のBlood」論文のデータは改ざんされているとワシントン大学医科大学院に訴えたのである。アプリキャンは、結局、2004年に「2003年のBlood」論文を撤回し、2006年に「2003年のExperimental Hematology」論文を訂正した。

後の2013年の研究公正局の報告書では、これらの不正データ操作は、アプリキャンが自分の仮説によく合うようにデータを改ざんしたと判定した。

時間を戻す。

2003年(42歳?)、ワシントン大学医科大学院は不正操作の公益通報を受け、調査委員会を立ち上げた。

しかし、調査委員会は90日で調査を終えるべきところ、16回も期限を延ばし、結局、3年間も調査し、450頁の報告書を完成させた。

20080124_pid39314_aid39312_ramsey_w4002007年(46歳?)、ワシントン大学医科大学院長のポール・ラムジー(Paul Ramsey、写真出典)は報告書を1年かけて評価し、2論文の7図表に改ざんがあったと結論した。そして、教授会に、アプリキャンの解雇をはかった。

2009年(48歳?)、教授会は、2年間をかけて2回目の調査を行ない、70頁の報告書にまとめた。その報告書では、アプリキャンの論文に杜撰な方法や間違いがいくつもあったが、研究ネカトはしていなかったと結論した。

2013-04-04-mark-emmert-4_3_r536_c534ところが、ワシントン大学・学長のマーク・エメルト(Mark Emmert、写真出典)は、 2回目の調査委員会がどんな結論を出そうと、1回目の調査委員会の結論に従うと考えていた。

2010年(49歳?)、それで、エメルト学長は、アプリキャンには研究ネカトがあり、解雇すべきとした。

ワシントン大学は7年もグズグズ調査し、データ改ざんがあったと結論したのである。

調査と結論を研究公正局に渡した。

アプリキャンは解雇は不当だと裁判に訴えた。

2011年10月17日(50歳?)、ワシントン州裁判所は、アプリキャンが指定した書類を提出しなかったので、解雇不当の訴状を却下した(https://cases.justia.com/washington/court-of-appeals-division-i/66007-1.pdf?ts=1323968174保存版))。

ワシントン大学は7年もグズグズ調査したが、しかし、研究公正局も、3年間もグズグズと調査した。

2013年4月26日(52歳?)、研究公正局は、アプリキャンに改ざんがあったと判定し、2年間の締め出し処分を科した。

この結論に至るまで、事件発覚から10年もたっていた。しかも、締め出し期間が2年間と軽微な事件にである。ワシントン大学はグズだったが研究公正局もグズだった。

【論文数と撤回論文】

2016年4月2日現在、パブメド(PubMed)で
アンドリュー・アプリキャン(Andrew Aprikyan)の論文を「Andrew Aprikyan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2012年の11年間の15論文がヒットした。

「Aprikyan A[Author]」で検索すると、1988~2013年の26年間の27論文がヒットした。27論文のうち23論文がデイヴィット・デール(David C. Dale)と共著である。

2016年4月2日現在、以下の2論文が撤回されている。

 また、以下の1論文が訂正されている。 

【白楽の感想】

《1》長い調査は違法にすべきだ!

Andrew_Aprikyan2003年(42歳?)に発覚の研究ネカト問題を、ワシントン大学は7年間もグズグズ調査し、2010年にクロと判定した。90日で調査を終えるべきところ、16回も期限を延ばした。ありえません!!

研究公正局は、3年もグズグズ調査し、2013年4月26日に改ざんと判定し、2年間の締め出し処分を科した。ありえません!!

この結論に至るまで、事件発覚から10年もたっている。ワシントン大学はグズだったが、研究公正局もグズだった。結論を出すのに10年もかかった。ありえません!!

そもそも、事件発覚後10年もたった時点で2年間の締め出し処分を科す意味ってあるんでしょうか?

こんなに長期間調査をすると、別の被害・副作用・問題が生じる。

この間、アプリキャンは助教授だから大学から給料をもらっていたハズだ。研究助教授(Research Assistant Professor)だから、授業はしていなかっただろう。しかし、論文はほぼ毎年発表していたので、研究はしていた。生殺し状態で10年も放置状態(完全放置ではないけど)にするのは、人権問題ではないだろうか? 学長の処分も考えるべきではないだろうか?

調査の長期化は、特許も絡んでいるらしい。確かに、アプリキャンは、2008年に2件、2012年に1件、特許発明・申請をしている(【主要情報源】⑤)。2008年の1件はメルク社とワシントン大学が申請者になっている。この特許がどう絡むのか、詳細はわからない。巨額な特許料が得られているのだろうか?

《2》人種的偏見がある? 奥がある?

アプリキャンは中東のアルメニアのエレバン州立大学を卒業している。さらに、大学院は、ソ連のモスクワ大学である。

これらの国は、アメリカ人が敵視する国のように思える。そういう国の高等教育を受け、米国の大学の研究者になり、血液や遺伝子を扱う。

一般的に、米国は、アプリキャンのような高度な知識とスキルを持つ生命科学者が、中東やロシアに戻って、生物兵器の開発をすることを警戒するだろうか? 無頓着だろうか?

白楽は、警戒すると思う。政府筋からの指令がなくても、学内の一部の教員が自主的に何らかの差別をするだろう。今回の研究ネカト事件は、そういう人種的偏見が奥にあるのだろう。

それとも、もっと奥があり、大学と研究公正局の調査が長期間の及んだのは、アプリキャンのスパイ疑惑などとも絡んでいるのだろうか?

2013-04-10-aprikyan_190612aアプリキャンは、1988年(27歳?)にロシア科学アカデミー・分子生物学研究所で研究博士号(PhD)を取得し、1993年6月(32歳?) に米国・ワシントン大学・ポスドクになっている。その間の5年間、履歴が空白である。

一方、1991年12月にソビエト連邦が崩壊した。丁度、履歴の空白な時期である。この時、アプリキャンは30歳前後と人間活動として活発な時期でもある。

アプリキャンは、国際的に動きやすい卓球コーチでもあった。

アプリキャンの政治的背景は知らないが、これらが研究ネカトの告発・調査・裁判に関係があるのだろうか?

考えすぎですかね?

《3》主宰研究者の責任

アプリキャンは、1993年6月にワシントン大学のデイヴィット・デール教授(David C. Dale)のポスドクになり、その後、研究助教授になったが、アプリキャンは2016年4月2日現在まで全27論文を発表している。そのうち、1999~2011年の13年間の23論文がデール教授と共著である。

この事実から、アプリキャンは研究人生のほとんどをデール教授に捧げていたと読める。

改ざんとされた2論文も、もちろん、デール教授と共著である。

デール教授の分身のようなアプリキャンなのに、しかし、改ざんの責任はすべてアプリキャンに押し付けられ、デール教授の責任は問われない。なんかおかしくないか?

アプリキャンは、ロシアでも「研究のあり方」を学んだろうが、米国での師はデール教授である。ポスドクは訓練生(trainee)である。

デール教授は都合のいい利益だけを得ている。なんかおかしくないか?

【主要情報源】
① 2013年4月26日、研究公正局の報告:NOT-OD-13-063: Findings of Research Misconduct保存版
② 「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Andrew Aprikyan – Retraction Watch at Retraction Watch保存版
③ 2010年5月12日のニック・ペリー(Nick Perry)の「Seattle Times」記事:UW researcher’s 7-year misconduct battle | The Seattle Times保存版
④ 2013年4月10日のアンドリュー・ウィーセック(Andrew S. Wiecek)の「BioTechniques」記事:BioTechniques – Ten Years after Misconduct Allegations, ORI Finally Takes Action#.UWoa7oJgNS8#.UWoa7oJgNS8#.UWoa7oJgNS8保存版
⑤ アプリキャンの特許:Andranik Andrew Aprikyan Inventions, Patents and Patent Applications – Justia Patents Search保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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