マーク・スペクター(Mark Spector)(米)記事更新

2015年1月15日掲載、2023年8月20日更新

ワンポイント:【長文注意】。42年前の1981年の事件。スペクターは、細胞の発がんメカニズムを「リン酸化カスケー ド仮説」で解いた24歳の天才的なコーネル大学・院生だった。ボスのエフレイム・ラッカー教授(Efraim Racker)と一緒にノーベル賞を受賞することが確実視された。しかし、栄華はわずか1年半で、1981年、データねつ造が発覚し、仮説は総崩れになった。スペクターは、退学し、根っからの「悪徳処世術者」と判定された。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。この事件は、白楽指定の重要ネカト事件である:ネカト事件史の代表的なねつ造事件。政府・学術誌・学術界が主体となって、研究不正に対処する全米的運動をもたらす切っ掛けとなった事件。約10年後、研究公正局が設置された。

記事を読む → マーク・スペクター(Mark Spector)(米)